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跡取りの確保と両統迭立


国王であろうと将軍だろうとオーナー社長だろうと、自分の跡取りは子供から選びたいと思うのは人情です。皇統も例外ではなく、先ずは兄弟か直系子孫が後継者対象となりますが継承順位が定義されていない中では恣意的・政治的な選定プロセスとなります。武家政権では、例えば徳川家は過去の失敗例から将軍家後継者のスペアを確保する為に御三家・御三卿といった家格を用意しましたし、足利将軍家では渋川家や吉良家がそれにあたるそうです。万世一系を守る為には常に一定の男系皇嗣候補を確保しておく必要があり、近世に入るまでに天皇家は世襲宮家の制度を確立しましたが、それまではどの程度皇族を残し(多い場合はどの程度臣籍降下させる必要があるのか)親王宣下させるのか重要な課題でした。宮家や御三家は、宗家から血縁が遠くなってもその身分は世襲されていきますが、一定の後継者プールを確保しながら子孫に地位を継いでもらいたいと考える場合、両統迭立は理にかなっているのかもしれません。但し、兄弟の家族間の関係が良好な場合に限ります。


そもそも南北朝の前提となった“両統迭立”(皇嗣が兄弟の子孫から交互に指名される)は、鎌倉期のとある天皇(後嵯峨天皇)が息子の中でも、兄(後深草天皇)より弟(亀山天皇)が可愛くなり譲位をさせたところから始まってますが、その後この二つの系統は約150年に渡り皇位継承を争います。当時の朝廷は実質的に日本の統治権を喪失しつつありましたが、鎌倉期前半の時点ではまだ皇室は膨大な荘園領を保有しており、“私的な統治者”としても重きをなしてました。後深草天皇の系統を持明院統(北朝)、亀山天皇の系統を大覚寺統(南朝)と呼びますが、それぞれ長講堂領、八条院領と呼ばれる膨大な荘園群を相続し強い経済基盤を有した事や、鎌倉幕府がこうした状況を容認し皇位継承に強いイニシアチブを取ろうとしなかった事が要因で、公家・武家を含め分裂状態が長く続きました。


こうした権威の二元状態を自分の代で収束しようとしたのが大覚寺統の後醍醐天皇でした。父(後宇多上皇)から兄(後二条天皇)に伝えられた皇統は、その息子(邦良親王)に伝えられる筈でしたが、未だ幼かった為に後醍醐天皇は邦良親王を皇太子にするよう父から要請されショートリリーフとして即位しました。彼はこの処遇が極めて不満で、父の崩御間もなく倒幕を試み(正中の変、元弘の変)、鎌倉幕府は予想外に早く崩壊していきます。元々は大覚寺統の内部の皇嗣問題は、後醍醐天皇という強烈な個性の出現により“朝廷による政権回復”という問題に転嫁され、両統迭立の停止・武家政権の交代・南北朝時代の出現を招きましたが、結果朝廷、公家は権威と経済基盤を大きく損ない、足利義満の時代に入ります。 


両統迭立は摂関期でも存在し、村上天皇の後、兄系(冷泉天皇)と弟系(円融天皇)で交互に皇嗣を立てていきます。次の摂政・関白を狙うべく、兼家とその子供達(道隆・道兼・道長)は娘を両系統に中宮として送り込み天皇の外戚の地位を維持するべく試みました。『光る君へ』では今回(2024年1月最終週)円融天皇が花山天皇に譲位し、弟系から兄系に皇位が移り、円融の息子(一条天皇)が皇太子になりました。皇子が生まれなければ権力基盤を喪失する摂関家と、高位公卿のサポートが無いと政治に支障を来す天皇側の持ちつ持たれつの関係は道長・頼通の時代に最盛期を迎えました。


摂関家の権威や経済力はその後院政期となり、五摂家に分裂し、武家政権下で相対的に下降していきますが、朝廷の統治者としての当事者能力は無くなっていく一方、どこまで偉くなれるのかといった公家の家格が固定化し、江戸時代では寧ろ守られて明治維新を迎えました。我が国では易姓革命は起こらず、旧い統治者も一定の名誉と経済力が守られ、維新後島津藩主も、徳川宗家も最後の将軍も、五摂家の当主も公爵になりました。いかにも日本らしい手仕舞ですが、お陰様で古い神社仏閣、遺跡、書物・絵画等の遺物が多く残り、過去の先達の足跡を視覚で楽しませてもらえます。 


桓武天皇の息子達(平城天皇・嵯峨天皇・淳和天皇)も兄弟間、その子弟間で迭立状態になる機会ありましたが嵯峨天皇の系統が結局皇統を繋いでいきました。更に遡れば天智・天武両統の競合ケースも見ていると、長らく皇統を繋げていく中で兄弟間の承継は特にトラブルになりやすく、現代人にも参考になると思います。そういえばアラブの王家は兄弟相続・終身制が基本なので、同世代で滞留しやすく、その間に多くの後継者候補が出生しており指名が大変そうです。兄弟は後継者のスペアであると共に最大のライバルにもなりうる中で、迭立状態は日本的な解決策だったのかもしれません。

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