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上野三碑~ユネスコ世界の記憶 APR,2024


日本には古代の石碑が18基しかないそうですが、そのうち3基(多胡碑・山上碑・金井沢碑)が高崎市の狭い地域に存在しており七年前(2017)にユネスコの『世界の記憶』に登録されました。近辺には四世紀から七世紀の古墳が多くあり、北関東の古代史を探る重要なエリアの一つです。三碑と一括りされてますがそれぞれ目的は異なり、多胡碑は奈良朝初期の郡設立の記念碑、二碑はそれぞれ7世紀後半、8世紀前半の有力氏族による家族の繁栄を祈り、先祖を弔う目的で作られています。






古墳時代から律令体制への移行がどう進められたのか、特に地方の有力者や既存の統治システムを、中央集権体制下の地方組織にどう組み込んでいったのかを理解する上で興味深い資料です。全国的に有力豪族達は“国譲り”の過程で国造として大和朝廷の支配体制に組み込まれ、その後律令体制下で郡司として地方官の身分が保障されいく過程が一般的に有りました。ここは上毛野氏という強い豪族が居た地域で、日本書紀では神功皇后と新羅に攻め入ったり、武蔵国の内乱、蝦夷征伐で頻繁に登場します。弥生期日本の人口は関東が関西の倍いたという本も読んだ事があり、関東地域が二千年間、日本史の転換にどう関わってきたのかは興味深いテーマです。そう言えば藤原氏の始祖中臣鎌足は、鹿島からやってきたとも言われており、春日大社の祭神の2トップは鹿島と香取の神様です。日本史における謎の四世紀から碑が建てられた飛鳥・奈良朝まで、400年という長い時間は未だ不明な点多いですが、日本書紀を始めとする文献資料と古墳やその遺物の科学的分析が相俟って、今後益々新たな発見や解釈が出てくると思われ楽しみです。私の自宅からは圏央道、関越道を伝って高崎まで2時間余り、日帰りであれこれ見て回るにはお手頃な地域になります。


多胡碑は平城京移転間もない和銅四年(711年)に建碑され、多胡郡建郡を記してます。太政官の権威により、当該郡司指名が正当化されてますが、飛鳥・奈良期を通じて全国レベルで国や郡の見直しはされており、建前としての中央集権体制と、現実的な地方支配体制との齟齬は都度見直しを迫られていたものと想像します。役所の主要な仕事は徴税と京への安全な輸送ですが、人頭税(戸籍と租庸調)システムはソ連の失敗と同様で、経済全体が伸びない上に厳しくすると民は他所へ逃げてしまう事から長続きしません。我々は日本史で墾田永年私財法とか不輸・不入の権とかいった弥縫策を学びましたが、私有財産の風穴が大きくなるにつれて徴税権は徐々に私物化され、それらを守る武士の台頭が起こるのは必然だったのでしょう。


平将門の乱は十世紀前半ですので、律令体制が機能したのはせいぜい200年というところでしょうか。日本の面白いところは、荘園の拡充やその後の武家政権下の中で国衙領は徐々に消えていきますが、官職の権威は永らく残り朝廷の貴重な財源になります。頼朝は義経が自分の許可を得ずに任官した事に激怒しましたが、武家政権にとって任官申請は基本的に幕府の専権事項であり、江戸幕府は武家官位を設定して、大名の任官により公家階級のポジションが減らない様配慮しました。因みに織田信長は上総介、吉良義央は上野介ですが、九世紀に入り上野・上総・常陸の三国は親王任国(親王が太守として任官する国)になり、次官の『介』が実質的な国司となりました。従って、臣下が上野守や上総守を名乗るのはインチキ(詐称)となります。


山上碑は小高い丘の上に在り、古墳と並置されています。7世紀後半放光寺の僧“長利”が建てましたが両親を含む一族の記録が書かれてます。ここでは先祖が佐野三宅(屯倉)の管理者であった事、即ち天皇の直轄地を治めていた事が記されており、大和朝廷のへの服従を意味する六世紀の前方後円墳がその祖先の墓として比定されています。





放光寺は前橋市にある山王廃寺跡ですが、上述上毛野氏の氏寺だったと考えられており十一世紀半ば迄存続していました。










金井沢碑もやや時代は下り奈良期前半のものですが、山上碑同様、家族の繁栄を祈り先祖を讃える内容で、屯倉管理者階級だったようです。古い秩序(屯倉、国造)から新たな体制に転換していく中で、屯倉統治に関わっていた一族が自分達の家格や郡司になれなかった事への不満をアピールする意味合いも有ったようです。皮肉にも当該碑は江戸時代に田畑から掘り起こされ、農民に洗濯用途で使われていたようですが、文字が判読できるうちに保存されて良かったです。三碑は歴史の代弁者だけではなく、書道としては当時の隷書体や中国本土で既に使われなくなっている古い書体の使用例としても価値があるようです。日本は火山性酸性土が多く遺物が早く溶けてしまい係る遺物は貴重であり、洗濯板で使っていた石が有れば字が掘られていないかチェックしてみましょう。

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