道東走破 ~ sep,2024 ~
日本百名城のスタンプを集めている方は結構多いと思いますが、本州に住む人にとって北海道と沖縄は容易に行けません。沖縄は昨年五つの城を巡り、スタンプを確保して悦に入ってましたが、最大の難関は北海道東端、“根室半島チャシ跡群”というアイヌの複数の砦跡で根室半島に多く点在しています。納沙布岬は北方領土を見えるロシアとの抗争の最前線になりますが、目視で容易に確認できる島影に、普段国境を意識する事の無い島国の人間は緊張を覚えます。
千島列島と樺太は幕末以来度々ロシアと国境の変更を重ねて来ました。根室歴史自然博物館には、ポーツマス条約で合意した国境線を示す、樺太の北緯五十度線に置かれたロシア・大日本帝国の国境碑が置かれてます。当時は4カ所に置かれたようですが1基だけ現存しています。エカテリーナ二世は大黒屋光大夫の帰国を出汁にラクスマンを派遣し、日本との通商を要望しましたが最初に訪れたのが根室でした。江戸幕府は鎖国政策を維持しながらもロシアへの警戒を強め、国土を測量し(伊能忠敬)、間宮林蔵は樺太を走破しました。
欧州の後進国ロシアと開国したばかりの日本は、地勢学上必然的に衝突せざるを得ない関係だったと思いますが、国土を維持する為に過去二百年に渡り先人が果たした犠牲と努力には敬意を表せずにはいられません。我が国は与野党の代表戦とやらで喧しいですが、国家の使命の要諦は国民の生命と財産を守る事であり、その覚悟の有る方に残って頂きたいと愚考します。
根室車石と呼ばれる奇岩を見てきました。海底火山の溶岩が急速に冷えて固まった柱状溶岩と呼ばれるものですが、6千万年前のものとの事で地質年代では白亜紀が終わり新生代に入った頃のものだそうです。
北海道と千島列島は北米プレートに乗ってますが、東からぐいぐい太平洋プレートがこれを押しながら沈み込んでおり、東北地方と同じく火山や地震が頻発する地域です。この岩礁が太平洋プレートで運ばれた付加体が隆起したものだとして、北に2千万年、西に4千万年、10cm/年で動いてきたとすればこの溶岩は東に4千km、南に2千km離れた海で造られたものと試算できます。結構ハワイに近い場所だったのかもしれません。
根室に行くなら中標津空港が近いですが、今回釧路空港で北海道に上陸しました。釧路といえば湿原ですが、今から6千年前は所謂縄文海進の中で内湾になっており、その後陸地化し湿原となり動植物の豊かな楽園となってます。地球は最近では1万年前に氷河期が終わり間氷期を迎え、6千年前に最も温暖化が進み今より2度海水温が高く海面は4m高かったので、東京湾も、7月に訪れた津軽平野も広く内湾が入り込んでいました。随分昔の気温がどうしてわかるんだろうと不思議ですが、南極の氷を深く掘るとその時代の空気が閉じ込められており、酸素同位体の数で気温の変化がわかるようです。
9月に入っても猛暑が続く東京を逃げ出し快適な気候を楽しんできましたが、何でも異常気象と叫び、人類の出す二酸化炭素のせいにするヒステリックな議論はやや和らいできたと感じますが気のせいでしょうか。二酸化炭素の濃度と地球温暖化の相関が高い事は、産業革命以降のデータを待たず常識であり、実際火山活動の多かった白亜紀では現在の2.5倍程の1000ppmあり、海面上昇で北米大陸は北極圏からメキシコ湾まで東西に陸塊が分かれていました。一方二酸化炭素濃度が低い時期、地球は過去少なくとも3度全球凍結をしたと言われています。
炭素はすべての生命の源であり、二酸化炭素はそれを循環する媒体でそれ自体は悪ではありません。適切な量をコントロールする事が重要であり、森を見ずに木ばかり見る議論やそれに乗っかる環境ビジネスが横行する中、とりわけエネルギーコストの高い日本人は科学的な理解と冷静な対応が重要だと思います。人類由来の二酸化炭素は地球全体の5%程度であり、95%は森林を擁する陸地と(水溶性ある二酸化炭素は)海に吸収され循環しています。炭化水素を燃焼させ二酸化炭素を発生させる化学反応が最も効率よく廉価でエネルギーを確保できる事は今後も不変であり、高額で効果の薄い脱炭素策は日本でも海外諸国でも広く受け入れられる事は無いでしょう。AvailabilityとAffordabilityを兼ね備えた現実感あるエネルギー政策が待ち望まれます。
根室から摩周湖のそばを通り網走に車を走らせました。山道以外は延々と酪農地帯が続き、北海道はやはり空が広いです。網走監獄をじっくり見させて頂きましたが、明治日本政府が北海道を戦略拠点として如何に重視し開発を急いでいたのか学ばせて頂きました。幾つもの資料館棟が並び見ごたえ有りましたが、なかでも生々しい人形が各所に多く置かれ視覚的にも説得力ありました。インバウンドの方々は、『日本人も結構入れ墨をしてるじゃないか』と思うかもしれません。
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