安房里見氏の痕跡 ～ DEC,2025 ～

里見氏は安房を拠点にした戦国大名として有名で、関ケ原の戦い後、館山を主城とする１２万２千石の大名として江戸幕藩体制の中に一度組み込まれました。大坂冬の陣の直前、大久保忠隣の改易に連座し伯耆倉吉3万石へ転封を命ぜられましたが、現地には実質４千石の領地しかなく改易に近い処分でした。藩主里見忠義は３年前に大久保忠隣の孫娘を正室に迎えていました。そもそも安房里見氏は、結城合戦（1441年）に敗れた里見義実が白浜城に本拠地を構え、里見氏再興を目指したのが始まりです。 

白浜城址の麓に義実が開基した杖珠院が佇んでいます。文安元年（１４４４年）開基とありますので、結城合戦から3年後に建てられたことになります。

義実公の墓からは太平洋の海原が見えます。こちらには初代義実・二代成義・三代義通・五代義豊の木像が正保四年（1647年）に造られ置かれているとのこと。何故四代と六代以降が飛ばされてるのか気になりますが、天文三年（1534年）に起こった里見家内部の継嗣争いと関係してるのかもしれません。

里見氏は元々新田義重から分かれた新田氏庶流であり、新田源氏を自称する徳川と広義には同族になります。義重は有名な八幡太郎義家の孫にあたり、河内源氏（源頼信）が関東進出の足掛かりとした上野国碓氷郡八幡荘荘官職を相続しました。現在も高崎市の町名で名前が残ってます。義重から7代後に鎌倉幕府を倒した新田義貞が登場しました。

上記里見家内紛は三代義通が亡くなり、その息子（義豊）と甥（義尭）の間で起こりました。このは北条氏綱が相模を平定し武蔵・房総半島への関与を強めている頃で、氏綱は義通の弟実尭に接近しましたが4代を継いだ義豊は実尭を暗殺した為、義尭は仇討ち（犬掛の戦い）を果たし5代目を継ぎました。安房の小ぶりな山間に戦場が拡がります。 

近隣の滝田城址の麓の街道沿いには滝田の青墓と称する小さな供養塔があります。敗戦の義豊を逃がすべく奮戦した岡本頼重のもので、今日もご子孫が供養されているとのこと。義尭は以後安房をベースに房総半島全域に勢力を拡げました。 

実尭と共に義豊に殺されたのが安房東部に本拠を置いた正木通綱で、元は北条早雲に滅ぼされた三浦氏一族でしたが当地に逃げ里見氏に仕えていました。里見義尭同様、通綱の息子時茂・時忠は義尭と共に犬掛で戦い、戦国大名里見氏の全盛を担います。正文寺には時忠の子、頼忠の菩提が有ります。頼忠の娘、お万の方は家康の側室として紀州和歌山藩祖の頼宣、水戸藩祖の頼房を儲け、息子の為春は姓を三浦に戻し子孫は紀州藩家老（2万石）を世襲しました。 

正文寺の近くは、奈良時代に行基が建てたとされる古刹『石堂寺』があります。文明十九年（1487年）の火災で里見氏が再建したものですが15世紀の建築物がよく残っており、全域が重文指定されてます。

戦国時代、北条氏と里見氏は敵対しますが、その象徴となるものが第一次国府台合戦（現松戸市）と呼ばれる戦いでした。当時千葉に本拠を置いた古河公方傍流の小弓公方（足利義明）は、江戸城を奪取した北条氏綱と対峙しましたが、里見氏は小弓公方を戴き戦いました。時代は先週書きました太田道灌の時代の後になります。

里見義尭は討死した義明の息子（頼純）を引き取り石堂寺に預けました。関東足利家の正統は北条氏との抗争の中で引き続き重要な切り札となりましたが、豊臣秀吉の小田原征伐をもって関東の戦国時代は終焉を迎えました。秀吉は頼純の娘を側室とし、息子（国朝）と古河公方家の氏姫を娶わせ、下野喜連川に領地を与え大名として処遇しました（文禄二年、1593年）。その後徳川家康もこの処遇を引き継ぎ、明治維新を迎えています。

延命寺は里見実尭・義尭・義弘の菩提寺です。犬掛の戦いの前後で、前期里見氏と後期里見氏とに分ける考え方も有るようですが、こちらは後期里見氏の菩提寺と言えるでしょう。義尭・義弘の時代に里見氏領土は房総半島全域に及びましたが、同家は相続争いに絡む一族の内紛が多く、義弘の子供達（義頼・義重）の間でも起こりました。

義頼は対秀吉対応を上手く立ち回り一旦は支配地全域（安房・上総・下総一部）を安堵されましたが、上述足利頼純を利用した旧領回復活動を秀吉に咎められ、結局安房一国に押し込められました。慈恩院は義康が館山城内にあった持仏堂を移し開基しました。

近接する妙音院にはオハツキラッパイチョウという珍しい銀杏があります。要すれば、ラッパ状の葉に実が付いている銀杏です。境内には黒く焦げた鐘楼堂も置かれてました。昭和二十年5月に東京空襲を終えた帰りのＢ２９が焼夷弾を落とした際に上部が燃えたそうです。

平安時代に安房国総社として建てられた鶴谷八幡宮も里見氏から保護されました。当該エリアは安房国府付近だそうで、近所には安房国分寺も有ります。小さな安房国は奈良時代の一時期上総国に編入されていた事から、国分寺の建設も他国と比べると遅かったようです。

半島末端の小さな土地から房総半島を席巻し、関東の覇者北条氏と渡り合った里見氏の力の源は何なのかぼんやり考えてみましたが、水軍の力は大きかったようです。陸軍国の北条氏にとって里見氏は、攻め取ったとしてもたいした収穫が期待できない山がちな地形でゲリラ戦を強いられ、海から海賊行為で抵抗されては費用対効果が小さい嫌な敵だったでしょう。源頼朝が石橋山の戦いで敗れ房総半島に逃れ、地元の土豪と戦ったとされる魚見塚の展望台に上ってみました。 

里見義弘は弘治二年（1556年）海を渡り鎌倉を急襲し、太平寺にいた青岳尼（足利義明娘）を奪い還俗させ妻にしました。里見家と小弓公方との関係から、元々許嫁だったとも言われています。海軍国家里見氏の面目躍如ですね。北条氏康は悔しがり、太平寺を廃寺にしました。

徳川幕府は里見家を追い出した後、二度と大きな大名をこの地には置きませんでした。北条氏が手こずった理由をよく理解していたのでしょう。館山は城下町として発展する時間を失いもったいないイメージが有りますが、気候は温暖で魚は美味く、館山城址からは浦賀水道越しの富士山がよく見えます。X JAPANと里見氏を利用した今後の町おこしも期待したいです（11年前さくらの季節に富士山を館山城から眺めることができました）。