top of page
歴史と旅の記録


醍醐家の親子の死と一つの日本近代史
終戦時の帝国海軍第六艦隊司令長官は、醍醐忠重侯爵でした。第六艦隊は主に潜水艦で構成されており、戦況が悪化する中1944年11月以降人間魚雷『回天』を投入し、終戦まで作戦行動を継続しました。同提督は45年5月に艦隊司令長官となり終戦を迎えたわけですが、既に稼働可能な潜水艦は9...
2024年2月8日読了時間: 3分


熱海散策、駆け落ちのケーススタディ ~ 2023,DEC
源頼朝と北条政子が逢引きした伊豆山神社は訪れた事が無かったので、熱海の温泉宿に行った際にお詣りさせて頂きました。地図を眺めると、北条氏館と頼朝が幽閉されていた蛭ヶ島の距離は1.5-6kmでたいした距離ではありませんが、この辺りから伊豆山神社は山越えで直線でも15-6kmあり...
2024年2月5日読了時間: 3分


武士に転職した関白の息子 ~ 斎藤正義と鷹司信平
司馬遼太郎の小説を初めて読んだのは小学生の頃、父親が持っていた『国盗り物語』で、斎藤道三、織田信長の出世ストーリーと共に官能的な描写にしばし魅了されました。調べてみると、63年から66年にかけてサンデー毎日で連載されていたとのことで、成程朝刊での連載ではここまでの描写は難し...
2024年2月2日読了時間: 3分


跡取りの確保と両統迭立
国王であろうと将軍だろうとオーナー社長だろうと、自分の跡取りは子供から選びたいと思うのは人情です。皇統も例外ではなく、先ずは兄弟か直系子孫が後継者対象となりますが継承順位が定義されていない中では恣意的・政治的な選定プロセスとなります。武家政権では、例えば徳川家は過去の失敗例...
2024年1月31日読了時間: 4分


殺しあう公家の三様 ~ 清原致信、綾小路有時、唐橋在数
NHK大河ドラマ『光る君へ』では藤原兼家の次男道兼がまひろ(紫式部)の母ちやはを殺してしまい、衝撃的な展開で呆然としてしまいましたが、同時に違和感を覚えました。人の死に対する穢れの意識が強く、怨霊を恐れた平安時代で、上級貴族の子弟が自ら手をかけて人を殺した上に返り血を浴びた...
2024年1月25日読了時間: 5分


久能山東照宮と駿府城 JAN.2024
暖冬とはいえ、やはり冬は寒いです。晴れた日に思い立ってさっといける場所は既に関東平野は略行き尽くしてますが、静岡はまだ未経験の土地が多いです。片道200km程度あり東京起点だとこの辺りが日帰りで行ける限界だと思います。昨年の大河ドラマは『どうする家康』でしたので、徳川家康由...
2024年1月21日読了時間: 4分


高島藩に配流され生涯を終える ~松平忠輝、吉良義周、水野忠篤
諏訪の浮城と呼ばれた高島城は美濃出身の武将、日根野高吉が北条征伐の手柄で領地をもらい築城しましたが、関ケ原の戦いの後、中世を通じてこの地を支配した諏訪家が戻ってきました。残念ながら諏訪湖の干拓で湖畔は遠くなり、水城の面影は無いですが、続日本100名城の一つとして城好きは立ち...
2024年1月17日読了時間: 3分


親子で同じ女性を妻にする話 ~ 対御方(たいのおんかた)と歌人伊勢
平安時代の貴人の親子関係を見ていると近親婚が散見され、異母兄弟姉妹の間ならばそれもありだったんだろうぐらいの感覚を持たざるをえませんが、親子で同じ女性を妻にするとなると流石に違和感を覚えます。妻問婚ゆえ倫理的なハードルも低く、余り大きな問題では無かったのかもしれませんが、和...
2024年1月16日読了時間: 3分


石高と人口で見える江戸期の日本
一人の人間が一年間で食べる米は一石として計算するのがいいと言われてますが、小生が愛読する『旧国名でみる日本地図帳』(平凡社)で見ると、天保年間で人口は約28百万人、石高で30百万国強とのことで、1.1石/人ぐらいで試算できます。石高は郷帳という、幕府が定期的に全国の村ごとの...
2024年1月14日読了時間: 3分


公家と武家との親戚付き合い~近衛家と島津氏、津軽氏
日本の中世と近世は、ある側面からは公家と武家の二重政権とも言えますが、例え実態は武家政権にあったにせよ、この二重構造は持ちつ持たれつで明治維新まで続きました。朝廷がその実質的な統治機能を失ったタイミングを仮に承久の乱(1221年)とすれば、明治維新(1868年)まで650年...
2024年1月12日読了時間: 3分


格好いい落馬と格好悪い落馬 ~ 井伊直政とルイ3世
古今東西落馬で亡くなられた方は数多くいますが、狩猟や戦場での事故のケースが多いようです。記憶に新しいところでは、NHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』では、相模川橋の落成供養の帰り道、安達盛長が手綱を取る中、頼朝は馬から崩れ落ちました。疾走していたわけではないとすれば、落馬は死...
2024年1月10日読了時間: 2分


風呂場は要注意 源義朝、頼家、太田道灌、ジャン=ポール・マラー
風呂場は無防備にならざるを得ませんが、やはり日本人は風呂好きなのか暗殺現場として好まれてます。義朝は平治の乱で敗れ東国に落ちのびる途上、家来筋の長田氏を頼り滞在中、入浴時に殺されました。京を脱出し3日間逃げ、馬を失い裸足で辿り着いた状況だったらしく、どうしても風呂に入りたか...
2024年1月9日読了時間: 2分


長男の次は三男だった ~ 結城秀康と細川興秋
跡取りの確保は重要課題であり、通常次男は長男のスペアとして準備しておく立場ですが、必ずしもその地位は保証されているものではありません。家康の長男信康が自裁した1579年、次男の秀康は5歳、三男秀忠は未だ生まれたばかりでした。諸説ある中、秀康が家康の息子として認知されるまでに...
2024年1月8日読了時間: 4分


信州信濃のそばよりも… 国替えと共に山陰に動いた蕎麦文化(松江と出石)
越前松平家といえば、徳川家康次男の結城秀康が越前北庄に入部していて以来の名門を言いますが、3男直政は大阪の陣での活躍や、将軍家光との好関係もこれあり京極氏の後、出雲松江藩を継ぎ国持大名となりました。信州松本藩7万石から松江藩18万6千石への大出世ですが、奇しくも城は両方とも...
2024年1月7日読了時間: 2分


江戸の公家と僧侶のハレンチ事件 猪熊事件と延命院事件
関ケ原が終わり家康は将軍宣下を受け、2年後秀忠にその職を譲り次世代の体制を明確にしますが、京都の治安維持と朝廷の監視役として名奉行板倉勝重を送り込みました。我が国は天皇の権威を下に政権が安定しますので、京都所司代の機能は六波羅探題以来関東の政府にとっては大変重要です。...
2024年1月5日読了時間: 3分


戦国公卿サバイバル寄宿作戦 ~ 大内氏、今川氏他
別稿で自家荘園に土着し、戦国大名化した公家の話を書きましたが、有力大名を頼り地方に落ち延びていく公家も多くいました。公家にはそれぞれ家格があり、それぞれ最高どこまでの官職につけられるか原則が決められてましたが、筆頭は摂政・関白に任ぜられる摂関家、次のレイヤーが太政大臣まで出...
2024年1月4日読了時間: 2分
bottom of page