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歴史と旅の記録


長寿の家系 藤原彰子、藤原寛子と四条貞子
摂政関白になる為には、天皇の外戚になる事、即ち娘を入台させて次期天皇を産んで貰う必要がありました。一条天皇は幼年で即位(986)し藤原兼家が摂政となりましたが、彼には正室から生まれた息子が3人居り(道隆・道兼・道長)、それらが後継者候補になります。...
2024年1月2日読了時間: 3分


20代を部屋住みで過ごして後、家督を継ぎ世に出る話 ~ 水戸斉昭と井伊直弼
明治維新前夜、攘夷・開国論のそれぞれ旗頭として激しく対立した二人は、何れも長く部屋住みの時代を過ごし、兄の死により表舞台に立つことになりました。部屋住みとは、養子にも行けず少禄をもらいながら万一に備えて囲われている跡取りのスペアのことを言いますが、いつ順番が回ってくるとの保...
2023年12月26日読了時間: 3分


土着する公家 ~ 西園寺氏と一条氏
応仁の乱以降、所謂戦国時代が到来し荘園からの収入が途絶えた事で自家の領地に赴き土着したのが一条氏と西園寺氏ですが、奇しくも土佐国の西、伊予国の南を拠点とし隣接してました。 前者は摂関家、後者はワンランク下の清華家という家格で、何れも公卿の中でも大臣級以上を務める家柄ですが戦...
2023年12月24日読了時間: 3分


跡取りを事故で失う~ 四条天皇とイワン
後堀河天皇は一人息子秀仁親王(四条天皇)を僅か1歳で即位させましたが、四条天皇は11歳の時に御所の廊下で滑り頭を打って亡くなられました。彼は近習・女房達に悪戯を仕掛けようとして滑石を廊下に並べて遊んでいましたが、自分が転んでしまいました。...
2023年12月18日読了時間: 2分


妻とは別れず~細川忠隆と滋野井公賢
結婚相手が家や親の思惑で為されいた時代でも、どうしても別れない夫婦が居ました。 細川忠興は関ケ原の前夜上杉討伐に赴くにあたり、妻ガラシャに対して三成方から人質として拉致されるような事態になった場合には死を選ぶよう伝え、彼女はその通り実行しました。...
2023年12月14日読了時間: 3分


京都紅葉三昧 2023.NOV
昨年は訪れるのが早すぎてやや青葉が目立った紅葉でしたが、今年は満を持して11月最終週に訪問しました。嵐山祐斎亭、圓光寺、白龍園を予約しましたが、その他思いつくままに訪ねてみました。ピーク時の京都は先ずは”宿の確保”が重要ですが、観光客は多いものの来てしまえば何とか満喫できる...
2023年12月11日読了時間: 2分


もう一つの赤穂浪士事件
入社したのはバブルの最盛期で毎日様々な宴席が有りましたが、その頃十八番で歌っていた歌の一つがかの名曲、刃傷松の廊下(真山一郎)でした。背広を脱いでネクタイを外し、革靴をひっくり返して頭に載せてネクタイで結びつけると(酔った状態では)烏帽子姿に見えます。...
2023年12月10日読了時間: 3分


道鏡は悪人だったのか
栃木県に下野薬師寺と呼ばれる古代寺院跡があります。第46代孝謙天皇(重祚し称徳天皇)崩御後、道鏡は造下野薬師寺別当として左遷されこの地で没しました。 天武天皇の後、皇位は天武系で継承されていきますが、聖武天皇は男子後継者に恵まれず娘の孝謙女帝が即位しました。我が国は女系天皇...
2023年12月3日読了時間: 2分


アラスカ ハイウェイ 2012年6月
当時大型シェールガス開発案件の買収を行い、頻繁にカナダを往復していました。開発鉱区に一番近い町はドーソン・クリークといい、アルバータ州との州境近い内陸部にあり、カルガリーから小型ジェットで1時間半程度のところにあります。...
2023年12月3日読了時間: 1分


バージェス 2014年9月
日本史ではなく地球史の話です。かつて豊富な埋蔵量を誇るカナダのシェールガスを、太平洋を越えてLNGで輸出しようというプロジェクトに携わってました。 我々の拠点はカルガリーに有りましたが、近隣には有名なリゾート地バンフがあります。そこからレイクルイーズ経由数時間山を登り、カン...
2023年12月3日読了時間: 2分


総持寺祖院と過疎化 2023年4月
家族と和倉温泉で逗留した後、総持寺祖院を訪れました。総持寺は明治三十一年の大火を契機に現在の横浜市鶴見区に新設移転し、旧総持寺は総持寺祖院と呼ばれています。大火が有ったとはいえ、再建された上での横浜への移転であった為、総本山としての威容と風格は十分感じられます。曹洞宗ファン...
2023年12月3日読了時間: 3分


古河公方館 2020年11月
源氏にとって鎌倉は大変由緒ある土地です。前九年の役で活躍した源頼義は平直方の婿になりますが、その縁で東国の拠点として鎌倉の屋敷をもらいました。彼は東北から凱旋した帰りに、石清水八幡宮を勧請し由比八幡宮を造りますが、これが後の鶴岡八幡宮となります。その後義朝はここで屋敷を持ち...
2023年12月3日読了時間: 2分


芝山古墳とユダヤ人 2020年6月
関東平野をうろうろしていると、何と古墳の多いことか。聞けば近畿地方より関東の方が多いらしく、ものの本では古代日本の人口は西より東の方が多かったとのこと。藤原氏の祖、中臣鎌足の父は鹿島の神官だったそうですし、東日本の古代史を知る事が日本の古代を知るヒントになるのかもしれません...
2023年12月3日読了時間: 1分


上野の真田三城 2022年6月
梅雨の合間に上野北部で展開する真田の城を走破しました。『真田丸』はヒューストン駐在時に観てましたが、名シーンが幾つか蘇りました。真田は不幸にも武田・上杉の二大勢力に挟まれてましたので、独自に拡げられる土地はここしか有りません。...
2023年12月3日読了時間: 1分


信濃の二塔 2015年7月
北条義政(1243―1282)は執権義時の孫で北条氏の公達として連署まで上りましたが、急に出家し領地の塩田(現長野県上田市)に引き籠もりました。以後彼の家系は塩田流北条氏と呼ばれますが、鎌倉陥落時(東勝寺の乱)には一族で幕府方に駆け付け、北条一門と共に自害し滅びました。いざ...
2023年12月3日読了時間: 1分


東から西に転勤した島津と毛利、西から東に転勤した伊勢宗瑞
戦国大名の雄として名を馳せた家は成り上がり系が多いですが、鎌倉幕府の名門御家人、室町幕府の官僚が転勤し、国人化したケースも多いです。下剋上の世の中になったとはいえ、名族も成り上がった家も引き続き朝廷の権威を利用するべく官位を頂き氏(源平藤橘)を名乗り、時には家系図をいじり自...
2023年12月3日読了時間: 4分
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