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歴史と旅の記録


河津の大伽藍『那蘭陀寺』 ~MAR,2025~
河津桜を観るつもりで伊豆の宿を取りましたが、全くタイミングがずれていたようで河津川沿いの桜は略散っていました。出鼻を挫かれ何処に行こうか車を走らせた矢先に、仏像展示館を示す標識が有り、「伊豆ならんだの里 河津平安の里仏像展示館」に導かれました。奈良時代から始まる大伽藍のお寺...
2025年3月20日読了時間: 3分


館林 ~ Mar.2025 ~
館林は12世紀初頭、藤原秀郷の末裔(佐貫氏)が佐貫荘として立荘したのが由来ですが、室町期には赤井氏が領主となり現在の館林城の原型が造られました。戦国時代には上杉・後北条氏の激戦エリアに在りましたが、秀吉の小田原平定の後、家康の関東入部により徳川四天王の一人榊原康政が同城に入...
2025年3月13日読了時間: 3分


東国三社詣で ~FEB,2025~
忍潮井と息栖神社 鹿島神宮、香取神宮、息栖神社の三社は東国三社と称され、江戸時代には三社詣が随分流行った様で松尾芭蕉、小林一茶、十返舎一九、渡辺崋山他多くの文人墨客が訪れました。自分も行かねばと愚考した次第です。何れも古代からつながる長い歴史が有りますが、気軽に江戸から観光...
2025年2月21日読了時間: 4分


「べらぼう」をどう楽しもうか ~FEB,2025~
NHKという放送局は広く国民から視聴料を徴取しており、それだけ番組編成やドラマのテーマを含め、視聴者層への配慮に相当気を使われていると思います。今年の「べらぼう」は、江戸風俗と政治環境を並行しドラマにしたてており、脚本の技量に感銘を受けながら見てますが、一方でこの作品は見て...
2025年2月10日読了時間: 4分


下野佐野 ~ FEB,2025 ~
中世の関東武士団の由来は、殆どが京の武闘派貴族三派の末裔になります。即ち9世紀に土着した桓武平氏、10世紀に平将門を滅ぼした藤原秀郷(俵藤太)、そして11世紀に活躍した源頼義・義家です。藤原秀郷の末裔は主に下野(栃木県)で展開しましたが、中でも佐野氏は12世紀~17世紀に至...
2025年2月6日読了時間: 4分


藤沢、茅ヶ崎 ~JAN,2025~
小生の住む国立(立川・国分寺)エリアから中央・圏央道を伝って70km程下りると湘南地域に届きます。圏央道は相模原から茅ヶ崎に至るまで略相模川に沿って走りますが、この川の源流が山中湖だという事は余り知られてないかもしれません。山梨県では桂川と呼ばれますが、大量の富士山の伏流水...
2025年1月31日読了時間: 4分


文豪旧宅散策(文京区)~JAN,2025~
今で言うところの“推し活”になるかもしれませんが、明治の文豪旧宅跡を徘徊してまいりました。100年も経ち故人になればストーカーにはならないでしょう。学生時代は小石川の学生寮に住んでいたので、土地勘は有ります。とはいえ40年近く経っており、街の変化を心配してましたが文京区は案...
2025年1月22日読了時間: 4分


高崎の古墳散歩 ~ JAN,2025
高崎市南部にある綿貫観音山古墳は奇跡の未盗掘前方後円墳です。発掘作業は昭和四十二年に始まり、膨大な数の埋葬品が出てきましたが注目されるのはヤマト王権との関連性と東アジア(中華王朝の北魏、北斉、朝鮮半島)との深い交流でした。時代は6世紀後半の古墳時代後期にあたり、継体天皇(応...
2025年1月16日読了時間: 4分


沼津の源平物語 ~DEC,2024~
どこから眺めた富士山が一番美しいのか静岡派と山梨派に意見が分かれる様ですが、内浦湾から臨む景色はなかなか味わい深いです。富士山は淡島と本土の間に聳えてますが、手前から駿河湾、沼津市街、愛鷹山と富士山が直線で並び、300年前に大爆発した宝永の噴火口がぽっかりと口を開けています...
2024年12月22日読了時間: 4分


文化人の終の棲家(青梅) ~DEC,2024~
少し早めの冬の到来となり、東京は乾燥した晴天が続いてます。青梅の御嶽神社は“登山”のイメージが 有り従来敬遠してきましたが、最近ケーブルで登れる事を知りいそいそと出かけて参りました。とはいえ到着駅からは更に急峻な階段や坂道を登る事となり、安易に霊験を拝む考え方を反省した次第...
2024年12月14日読了時間: 3分


橿原散策 ~NOV,2024~
橿原神宮は大和三山の畝傍山の麓に在り初代神武天皇が祀られてますが、その創建は明治二十三年と新しいです。又そこから畝傍山の山裾を1.5km程北上すると、神武天皇陵がありますが、こちらは幕末に孝明天皇が古代の小高い円墳を神武陵と比定し陵墓を整備しました。日本書紀では「畆火山の北...
2024年11月24日読了時間: 5分


震災後の七尾(がんばれ能登) ~ NOV,2024 ~
元旦に起きた震災から一年が経とうとしてますが、和倉温泉には加賀屋を含め二十一軒の旅館がある中で、未だ四軒しか再開されていないとのことです。当地は震源地から直線で60km以上離れているにも関わらず、未だビニールシートが掛けられている家屋も多く、道路・公共施設の復興には時間がか...
2024年11月19日読了時間: 4分


上杉謙信とその後(上越市)~ NOV,2024
上越市は高田藩の主城だった高田城、上杉謙信の居城だった春日山城、そして御館の乱で敗れた上杉景虎(北条氏康七男)が自刃した鮫ヶ尾城の三城が百名城・続百名城に指定されています。それぞれ江戸期の幾重に堀を巡らせた平城、戦国期の大きな惣構えを控えた越後の覇者に相応しい巨城、中世以来...
2024年11月18日読了時間: 5分


三浦半島~三浦宗家は二度滅んだ~OCT,2024
海岸段丘と言いますが、三浦半島南部は侵食・堆積・隆起を繰り返してきた結果坂道と平らな地形が段々と続いており、海岸線には突き出た堆積岩が様々な形状を織成してます。海の彼方には富士山が見え、裾野には箱根の山々、その西側には伊豆半島が横たわります。...
2024年11月1日読了時間: 4分


南部の故郷 ~OCT,2024~
南アルプス北端の鋸岳を水源として西北から流れ込む釜無川と甲武信ヶ岳を水源として東北から流れ込む笛吹川は、甲府盆地南東で合流し富士川となり駿河湾に注ぎます。盛岡藩主南部家の故地はこの山梨県内富士川地域(現身延町、南部町)に相当します。家祖南部光行は甲斐武田氏の一族として頼朝に...
2024年10月23日読了時間: 4分


長岡京 ~OCT,2024~
そもそも平城京は永遠の都として築かれた筈ですが、桓武天皇は74年後に長岡京、その10年後に平安京に遷都しました。僅か10年でしたが本格的な造成だったようで住宅街の中で出てきた大極殿の跡地にしばし佇んでみました。 “あをによし”花の都の奈良時代は、皇位継承とそれらを擁立す...
2024年10月20日読了時間: 5分
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